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トップ>カテゴリー>文化・スポーツ|09.08.04

銭湯名物・富士山の背景画  残った絵師は二人だけ
浴場組合が原画をポスターに

銭湯名物の富士山の絵 広い湯船に大きな富士山の絵。銭湯名物の背景画を描くペンキ絵師が、東京では二人だけになりました。銭湯が減りつづけ、背景画を残す銭湯も年々少なくなっています。東京都浴場業生活衛生同業組合では、「このままでは背景画の文化がなくなる」と心配。現役絵師の原画からポスターを作製・販売したり、富士山の背景画にちなんだ「風呂屋の富士山詣で」と称し、10軒の銭湯を回るスタンプラリーを実施中。都民の参加・協力を呼びかけています。(記事・松橋隆司 写真・田沼洋一)
  大きな富士山の絵を湯煙のなかで見ながら、広々とした湯船につかって、疲れを癒した経験を多くの人が持っています。こうした銭湯の背景画はペンキで描かれるので、「ペンキ絵」とも呼ばれます。初めて登場したのは今から97年前の1912年(大正元年)。神田猿楽町にあった銭湯「キカイ湯」が発祥の地とされています。浴場組合の説明によると、背景画は「子どもが喜んで風呂に入るように」と、キカイ湯のオーナーが発案したもので、絵を描いたのは故川越広四郎氏。静岡出身の画家だったため、富士山を画材に選んだと伝えられています。
 「それが大評判となり、瞬く間に関東近郊の銭湯へ広がり、銭湯=(イコール)富士山の背景画のイメージが定着した」(組合情報誌『1010』95号)といいます。

制作現場を訪ねる荒井湯で絵を描く中島さん

 たった二人になった背景画絵師。その一人が中島盛夫さん(65)です。背景画を制作中の銭湯・墨田区本所の「荒井湯」を訪ねました。
  中島さんは、福島県相馬市生まれ。子どものころから絵を描くのが好きでした。上京し、師匠の故・丸山喜久男氏に弟子入り。1964年背景画絵師のプロになって以来、45年のキャリアがあります。銭湯だけでなく、老人ホームやデイケアセンターの風呂場の背景画も描いてきました。「1万点は描いてきた」とこともなげにいいます。その数字に驚いていると、「1日で2つ描くこともあるから」だといいます。銭湯の背景画は、1年か2年が寿命で、描き換えが必要になります。湯気など湿気にさらされ、壁面が傷むからとみられています。「長持ちしたら商売にならないよ」と中島さん。にこりともせずに笑わせます。
 背景画は1日で仕上げます。銭湯の門が開く3時か4時ころまでに仕事を終えるには、絵は2、3時間で描き上げる必要があるといいます。 「長い時間かけたからいいものができるとはかぎらない。背景画は、いかに明るく、広く見せるかだ」と、中島さんは説明します。 「荒井湯」のオーナー・本田義勝さん(65)が注文したのは、隅田川越しに見る地上610㍍の新タワーです。タワーが完成するのは2年後。「描けるかと聞いたらやってみるというので注文したが、苦労しているようだね」と本田さん。タワーなどの人工物を中島さんが描くのは2度目。「富士山を描いた数なら僕が一番多い」という中島さんも勝手が違うようで、午後3時ごろの完成予定が大幅な延長戦に。「まだ見たことのないタワーを描けというのだから」とぼやきます。

若い女性が弟子にと

 浴場組合によると、東京の銭湯は年間約50件も廃業しています。ピーク時の1965年ころには2700軒あった銭湯が今、その3分の1に。そんななか、田中みずきさん(26)は、中島さんに弟子入りを願って5年になります。会社に勤めながら土曜、日曜は中島さんの手伝いで、仕事を習っています。田中さんは私大の芸術学部を卒業。背景画を卒論に選び、「百年後に残るような背景画を描きたい」と思っています。 背景画絵師の入門者は、最初の3年間は空の色を青く塗ることだけを許され、プロの絵師の仕事を見てプロセスを学びます。つぎに、雲と、徐々に全体を描くことを許されます。田中さんは空と雲を描かせてもらっている段階です。
 中島さんは、「頑張れるのはあと10年」と考えています。その後はどうなるのでしょうか。銭湯がつぎつぎ廃業し、後継者を育てようにも展望がないのが現状です。

銭湯の減少に歯止めを

1010 「荒井湯」の本田さんは、「銭湯は、江戸時代から伝わる相撲、歌舞伎と並ぶ三大文化の一つなのです。お年寄りのコミュニケーションの場にもなっており、なくてはならないところ」と、話します。
  浴場組合では、家庭の風呂場に貼れる耐水性の背景画のポスター(40×60㌢2100円)を昨年10月から販売。家庭でも背景画の良さを楽しめるとアピールしています。今年4月からは「風呂屋の富士山詣で」と称して、10軒の浴場を回るスタンプラリーを開始。背景画ポスターを景品に、ラリーの参加を呼びかけています。そのほか、浴場組合の情報誌「1010」の発行や全銭湯にスタンプを配布し、「88浴場」を回る「銭湯お遍路」などを実施。6月から銭湯の存在をアピールする「銭湯検定」などのイベントへの参加をよびかけ、「日本の文化の一つである銭湯の減少に歯止めをかけよう」と取り組みを強めています。

(「東京民報」09年5月24日号に掲載)