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吉良よし子物語 1 日本共産党参院東京選挙区予定候補

政治変えたい 官邸前に1年、思い貫く

首相官邸前行動で参加者とコール

=3月15日、千代田区
 夕暮れ時の国会議事堂前。ゼッケン姿やプラカードを持った人たちが一人、また一人と集まってきました。原発ゼロを訴える首都圏反原発連合(反原連)の首相官邸前行動に参加する人たちです。この日(3月1日)、安倍首相は、就任後初めて原発の再稼働を表明。正門前のスピーチ広場には、共産党の衆院議員、笠井亮さんと吉良よし子さん(参院東京選挙区予定候補)もかけつけました。
 スピーチ広場で、司会者が笠井さんとともに吉良さんを「吉良議員」と間違えて紹介しました。そんなハプニングにも、吉良さんはニッコリ笑顔を作って「まだ議員ではありませんが…」と前置き。若さいっぱいのスピーチをしました。演壇から降りた吉良さんを、参加者の温かい言葉が迎えました。「かならず議員になってね!」「待っているからね!」常連だという杉並区の男性(61)は、感心しながら言いました。
 「派手なパフォーマンスをする国会議員がいたけど、選挙が終わったら全く顔を見せなくなった。それに比べたら吉良さんは偉い。毎回のように顔を見せ、みんなと一緒に一生懸命コールしている。そんな姿に元気づけられるのは、私一人ではないのですよ」
 毎週金曜日に行われる官邸前行動が1年を迎えた3月29日、6000人が国会を取り巻きました。共産党の志位和夫委員長も参加し、反原連に敬意と連帯の意を表明。吉良さんも一参加者としてマイクを握りました。お馴染みとなった吉良さんのコールは、参加者との息もぴったり。「原発いらない!」の6000人の声が、首相官邸を包み込むように響き渡りました。
 この1年、吉良さんは官邸前行動に毎週のように足を運んできました。福島原発事故以来、「原発をなくしたい」「歴史的な行動に参加して声をあげ続けたい」という決意は、決して揺らぐことはありませんでした。

政治家を決意

 4年前、吉良さんは、会社勤めから転身、共産党から都議選(豊島区)に立候補しました。60社に及ぶ就活の末、ようやく就職した会社。企業の社会的責任を果たす報告書づくりのサポーターをしながら感じたのは社会の矛盾です。「コスト削減」を理由に、まともに環境や雇用を守る責任を果たそうとしない企業。「政治を変えなければならない」の思いを強くしました。
 吉良さんに立候補を要請した参院議員の田村智子さんは、当時を振り返って言います。
 「給料など仕事をやめれば生活の不安はあるはずで悩んで当然ですが、後ろ向きなことは一切言わず、真正面から受け止めてくれました。腹が据わった印象を強く持ったことをよく覚えています。仕事を通して、今の社会の枠組みを変えなければならないと真剣に考えていたのですね」
 最終的に吉良さんを決意させたのは、郷里の高知県で共産党県議を務める父、富彦さん(59)の言葉でした。「どの道も、よし子が将来像を思い描ける道を選べばいい」。吉良さんは、社会を変え、未来を切り開くことができる政治家への道を、自ら選んだのです。
 その後、田村さんの秘書を半年、務めました。吉良さんを見続けた田村さんは、「現場で生の声を熱心にメモする姿が印象的。庶民的で行動的」と評しました。
 池袋派遣村には初回から10回目まですべてに参加。東日本大震災の被災地、石巻などへもボランティアとして加わりました。浜岡原発や八ッ場ダムの視察にも参加。議員の経験を持たない吉良さんは現場に出かけ、地元の人たちの声を聞く活動に今、一生懸命頑張っています。

キラキラ輝く

 首相官邸前行動のファミリーエリアを担当する「パパママぼくの脱原発ウォークin武蔵野・三鷹」の紫野明日香さん(前進座俳優)は、官邸前行動を通して親しくなりました。
 「吉良さんは、いつも元気で笑顔。ひたむきで一生懸命です。運動を続けるというのはとても大変なのに、いやな顔ひとつしない。若くていつもキラキラ輝いています。年配の方たちは『元気をもらって頑張ろうという気持ちになる』と言っているくらい、ファンが多いのですよ」

 


(東京民報2013年4月7日号に掲載)

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